厄年

厄年・・・広辞苑を引いてみると、『人の一生のうち、厄に逢うおそれが
多いから忌み慎まねばならぬとする年。男は25・42・60歳。
女は19・33歳。とくに33・42歳を大厄といい云々。。』とある。
 
一体誰がいつ頃からはじめた風習なんでしょうか。。年配の方に
聞いてみると結構根強い風習のようです。ってことは、33・42歳で
何か厄や災いに逢う確率が以外と高い?のかなぁ、と思います。
 
気にし始めると、とても気になるし、、気が付かなければなんでもないし。
こういう話を家内にすると、、いつも通り冷ややかに「そんなに気に
なるんだったら、○○大師でも、××大師でも行ってくれば。。
行く途中に交通事故で死んじゃったりして ワハハハ。」ってな感じで、
あしらわれてしまいます。
 
日頃の健康管理と天災への備えをしておきなさい。という事ですね、きっと。
 
 
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カテゴリー: ヒューマン パーマリンク

厄年 への4件のフィードバック

  1. いちろう より:

    当方の42の厄年はちょうどアメリカに来たばかりの頃で、公私とも忙しく且つ気を張っていましたので全く気がつきませんでした。今度の60の厄年はもう直ぐ。少し暇が出来るので、いろいろ気になるんでしょうかねぇ。
    それから当方も岳人さんのブログをリンク登録させていただきました。よろしくお願いいたします。
    いちろう

  2. より:

    リンクフリーのお言葉に甘えて勝手に登録させて頂きました。。。スミマセンです。。
    これからも宜しくお願い致します。

  3. 英さん より:

    岳人さん、若いときには、こういったものは「因習や迷信」などと馬鹿にしていたけど、最近は違ってきました。
    昔からの言い伝えには、科学的な根拠や論理的な説明がないものでも、意外と的を捉えているものがあると思っています。
    昔の天文学の観測のようなもので、長年の観測からある法則性に気がついているものもあるはずです。
    この厄年については、恐らくこの年代には、多くの人にとって、身体的、精神的あるいは社会的な転換期を示していると思います。
    「厄落としをどうするか」というよりも、「そろそろ俺も転換期かな?!」って思うことは必要かもしれませんね。

  4. より:

    英さんアドバイスありがとうございます。
    箱根駅伝で言えば復路、パリダカで言えばモーリタニアの砂漠を越えた後半戦、チョモランマ登頂で言えば下山開始、
    往路では見えなかった事も起きるでしょうし、砂漠を越えることが出来た自信も見え隠れしますね。でも無事に
    下山するにはより慎重で確実な行動が必要である。と言った感じでしょうか。。

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